漆野原一里塚

漆野原一里塚

一里塚は宝永3年(1706)のころ、鹿児島城下の札辻を基点とし、街道筋に設置されたと思われる。
この一里塚は、紙屋から綾に至る街道筋にあり、松や桜・榎などが植えられ、旅人の憩いの場、旅程の目安ともなった。
この塚は当時の状態を留めていないが「池ノ原」と同じような形状であったものが、昭和5年、漆野原の開田事業によって周囲が削りとられ全く元の状態を失ってしまった。
県内には今町(都城)・池ノ原・漆野原の3ヶ所が残されている。