六地蔵幢

六地蔵幢

六地蔵幢

幢身に天文10年(1541)の銘があり、この年に真幸院の領主北原氏と伊東氏の連合軍が北郷軍(島津軍)と志和地、高城で大激戦を交えて多数の戦死者を出していることから、北原氏が戦死者供養のためこの六地蔵幢を建立したと考えられている。
龕部は八角筒で、六地蔵のほか如来像と不動明王を浮き彫りにしている。