伊東塚

伊東塚

伊東塚

元亀3年(1572)に起こった島津軍と伊東軍に木崎原(えびの市飯野)の戦いは島津軍の勝利に終わった。敗れて戦死した伊東軍五百余名のうち、大将の「伊東加賀守」など主だった者二百余名が真方因幡塚に葬られた。これが今の伊東塚である。後に島津藩側が慶安3年(1650)に五輪塔、文化14年(1817)に石碑を建立した。